自分を責める気持ちを脇に置く

長い間、自己肯定感という言葉がトレンドになっている。私も、これまでに何冊も関連書を読んできた。

「なんで、私はこんなふうなんだろう」「なんで、こんな失敗をしたんだろう」

学生時代や働きはじめたばかりの頃、ちょっとした失敗をする旅に、そんなふうに自分を責めていた。何かに挑戦をすると、そのうち失敗するものだ。

当時、失敗したときの感情との向き合い方は本当に下手だった。自分の悪いところを拡大解釈して、人間としてなってないとか、常識がないとかそういう言葉をかけていた。思えば、知識が足りなかったとか、その時にうまく行動できないのにも理由があった。

けれど、そういうふうに振り返ることはなくて、結局は合理的にボトルネック分析ができないから、また同じような失敗をしたときも「自分の人間性がなってないから」みたいな感情的な原因しか見つけられなくて、うまく分解できなかった。

今も、自己分析とかがうまいわけじゃないけれど、昔よりは落ち込まなくなった。それは、「その状態では、冷静な問題解決ができない」と気づいたからである。落ち込むのは結果としての感情。問題は、それ以前の行動の中にある。

人間なんだから、失敗をしたりうまくいかないことがあれば落ち込むのは当たり前。でも、一旦、その感情は当たり前のことだよねと受け止めつつ、自分の心の脇に置くイメージだ。その代わり、次に具体的にどうすればいいのか、何が課題だったのかを冷静に考える。

もちろん、悔しくて眠れないような夜もあるし、何度も反芻してしまう休日の午後もある。でも、まずはその感情に支配されている状態から抜け出すのだ。難しいけれど、これが今の時点での私の失敗との付き合い方である。

有限会社ノオト所属の編集者・ライター/ コワーキングスペース「Contentz」管理人。 テーマは働き方・学び方・メディア・朝ごはん など / 休日は喫茶店と東京宝塚劇場をうろうろ