肌寒い、なんとなく秋のような気配すら漂う朝。昨夜見た『エレファント・ウィスパラー: 聖なる象との絆』がよかったから、なんとなく振り返ってみる。これは、アカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門の受賞作である。
南インドで野生の象の保護に人生をささげる夫婦、ボムマンとベリー。親を亡くした子象ラグとその親代わりとなった2人が築いた、唯一無二の家族のきずなを映し出す。
エレファント・ウィスパラー: 聖なる象との絆 | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト
動物もののドキュメンタリーはまず、映像の美しさと珍しさが求められる。この作品は、どちらも満たしている。象は大きい。どうしたって、人間にとっては脅威だ。けれど、南インドで初めて親を失った子象を育てるのに成功した2人にとってそれはぜんぜん違う。
寝転がるように指示をするとしたがう、一緒に昼寝をする、水浴びをする、食べやすいように丸めた食事を飲み込ませる。娘を亡くしたという2人はその愛情を惜しみなく子象に捧ぐ。
この場所も凄まじい。「象を恐れない」という理由から、森の中に住み、象の世話を代々担っているらしい。ガネーシャ神など、象はインドでは神である「ラグと出会って自分の人生に神の存在を感じる」と話す。
大きくて奇想天外な人間模様があるわけではない。でも、ご夫婦の真摯な接し方、そして2頭の子象がその世話に応える姿は、世界中の愛が凝縮されたような美しさがあった。人でもなくましてやペットでもない。けれど、確実に心が通じ合っている。何かを育てることは尊い。世界中で子どもを育てる保護者を尊敬する。でも、「育てる」という愛情を向ける方向は、自分の子どもだけじゃなくてもいいんだな、思わせてくれる。
「子象を育てる」のは特殊な技術だ。夫婦は、村の子どもや孫にも仕事を見て覚えてほしい、と伝える。それは、その地域への愛でもある。本で学べない、自然を相手にする仕事。もちろん知識として記録をするのは大事だけれど、自分たちが生み出した努力を周りに伝えていくのも愛なのだ。
象への愛、神への愛、子どもへの愛、地域への愛。ずっと愛を与えることに溢れた、静かだが、見甲斐のある作品だった。愛に飢えていると感じたとき、なにか分からなくなったときにぜひ観てほしい。
最後に。映画も小説もドラマも、最近は次々に話題作が出てくるから余韻に浸る間もなく、次の作品に移動してしまう。けれど、大切なのは観たあとに自分が何を感じたのかを振り返って言葉にすることだ。そうじゃないと、流れてしまう。この場所はそのためにも使っていけると良いのだけれど。