今日は、電話取材の予定があった。約束の時間、何度目かのコールで出た取材相手は、ちょっと緊張気味だった。
落ち着いて、丁寧に、相手が話しやすいように。明るい声で、一つひとつ問いかけて。なんてことはない、いつも通りに取材は進んでいくが、私は少しだけドキドキしていた。
実は今日の取材相手は、5年ほど前に海外の某都市でお会いしたことがある方だったのだ。とはいえ、本当に数回お話しした程度。多分、相手はこれに気が付いていない。
恥ずかしいのであまり言わないが、私は人の名前の”字面”を覚えるのが異常に得意である。顔や映像をあまり覚えられない反面、「この名前、どこかで見たことある」という感覚はだいたい正しく、ちゃんと名刺交換やSNSで繋がっていれば「いつ、どこで出会ったのか」も高い確率で思い出せる。
そのため取材前のメールのやりとりの時点で、私はそのことに気づいていた。でも、どう考えてもこの5年は急に繋がらないから、気がつくのは難しいだろう。
とはいえ隠しておくのも気持ち悪い。だから、取材終わりに思いきって問いかけてみた。
「あの時、あそこでお会いしたXXさんですよね?」
一瞬、ぽかんと間が空いて。最後には、電話越しに世間のあまりの狭さをお互い笑ってしまった。
もしお互いに気がつかなければ、「再会」にすらならなかった「偶然」だ。
SNSで繋がりがここまで可視化される中でも、あまりにも、あまりにも多くの人とすれ違う中に、再会や偶然、奇跡のタネはたくさん眠っていて。
きっとそれは新宿で、それは渋谷で、きっと東京で、五反田で。
それに気がつかないまま、多くの人がただただすれ違っているのではないか。なんてもったいない、でもそれに「気がつけるか」は人それぞれだ。みんな今は忙しい時代なのだから。
ちなみに来週も、数年前に1度だけ会った人へ取材に行く。
あの時は名刺交換もしてちゃんとご挨拶をしたけれど、私のことなんて、きっと覚えていないんだろうなぁ、なんて思いながら。